ヨガの教えには「八支則」と呼ばれる規律があります。古典的なヨガの本来の教えによると、アーサナ(ヨガのポーズ)の練習をする前に、ヤマやニヤマといった戒律、規律といった行動規範をしっかり実践することが重要視されています。

1. Yama(ヤマ):禁戒

日常生活の上で行ってはいけない5つの道徳的心得。
🔸アヒムサ / 非暴力・不殺生、言動や思考のレベルにおいても他人に暴力をふるってはいけない
🔸サティヤ / 嘘をつかない
🔸アスティヤ / 不盗、他人の物や時間、権利を盗んではいけない
🔸ブラフマチャリヤ / 禁欲、欲に身を任せない
🔸アパリグラハ / 不貪、欲に身を任せない

2. Niyama(ニヤマ): 日常生活の上で実践すべき行動。精神的な教え。

🔸シャウチャ / 清浄
心身共に綺麗な状態を保つ。
🔸サントーシャ / 満足、知足
今あるものに常に満足すること。
🔸タパス / 精神修行、自制
鍛錬をするうために、苦難なことを行っていく。
🔸スヴァディアーヤ / 経典などの学習、向上心
経典やマントラなど、心を整える働きを持つ書物から学ぶこと。
🔸イーシュワラプラニダーナ / 信仰
唯一絶対なる存在(=神、ブッダなど)に信仰心を持ち、祈りを捧げる。
自らに存在する神性を信じる。自分ではどうすることもできないこと
(自然の力、時代の移り変わりなど)を受け入れ、身を委ねること。

3. Asana(アサナ): 坐法

ヨガのポーズ。本来はサンスクリット語の「アース=座る」という意味からきており、座って行う瞑想(坐法)のことをアサナと呼んでいた。
アサナと共に意識を体の内側に向けていき、他者と自分を比べることなく、冷静かつ客観的に自分の内側を見ていく練習。

4. Pranayama(プラナヤマ): 呼吸法

瞑想を深めるために呼吸と体、心を繋げることに意識を向けていく。
意識的な呼吸を行うことによって体内のエネルギーが調整され、心まで安定、リラックスする。

5. Pratyahara(プラティヤハラ): 感覚の制御

外からの注意を五感から引き離し、内的な感覚を高めて安定した精神状態を保つ。アサナのプラクティスの時にも、自分が直面する肉体の痛みや状態、湧き上がってくる感情などに振り回されることなく、ブレない自分を作る訓練を心がける。

6. Dharana(ダラナ):集中・精神統一

意識を特定の対象物に長時間とどめ、集中する練習をする。やがて、集中できずに散漫になる自分の心の癖がわかり始める。

7. Dhyana(ディヤナ):瞑想

瞑想状態。知性と愛の力が融合し、静かな精神でいられる無の状態。あらゆる創造はそこから始まる。

8. Samadi(サマディ):三昧、超意識、悟り、梵我一如
深い瞑想と融合しておこる悟りの境地 。至福の喜び。

パタンジャリのヨガ・スートラによると、ヨガの最終的な目標は「心の働きを止滅すること」とあリ、それがサマディと言われるもの。サマディの状態になることで「潜在意識」と、それに影響を受ける「心」を客観的に切り離して見ることができるようになる。

大抵の場合ヨガのスタートラインはアーサナを「On the mat」で学び始めるところからだと思いますし、事実私もその一人でしたが。本来のヨガの学びというのは、「Off the mat」(ヨガマットから下りた普段の状態)でもヨガの戒律を守り、八支則の教えを実践していくところにあります。

1をクリアーしたら2、2をクリアーしたら3、というのでは無く。自分の日常の中で取り入れられるものを見つけては、まず実践してみる。そうしていくうちに、ついぞ外にばかり目を向けてしまっていた、例えば、人をジャッジすることばかりに気がいっていた自分の心の癖に気づいたり。自分ではなく他の誰かの価値観を無理に自分に当てはめて生きていたことに気づいたり。知らず知らず、そういった「気づき」を得ながら、自分の内側で小さなチューニングが繰り返されてきたように思います。

ヨガを深めたいのであれば、ヨガ哲学にまで目を向けて、この八支則を学んで実践していくことで、きっと私たちの人生そのものを深めて行くことができるのだと思います。そしてある日ふと気づいたら、自分の目に映る日常の光景が以前とは違ったものになっている。そう感じる時が、やがて訪れるかもしれません。