日本から香港に移住した頃、私は今よりもっとまじめで、
自分に厳しかった。
「ああしなきゃいけない」「こうしなきゃいけない」
と、いつもやらなきゃいけないことをクリアーする
生き方をしていました。
そして、全然自分に「自信」や「信頼」がありませんでした。

元々育った環境が影響していたことは疑いがありません。

宗教家である父も母も大変真面目な人です。
祖父母に至っては、更に輪をかけたような真面目な人たちでした。
そして親族一同、みな同様なのです。
人には優しく、自分には厳しく。
私を取り巻くそんな環境に圧迫感を覚え、疑問を感じ、
ついに私は日本を飛び出しました。
(と、そのことに気づき、その事実を受け入れることができたのは随分先のことですが…)

思い返せば1996年の夏のことです。

一方香港の生活はアフリカ並みの弱肉強食の世界です。
外国人として生きていこうと思うと、常に競争、競争、
向上、向上。
CV(履歴書)上の内容(= criterial) も
磨きをかけて上げていかなきゃダメ!だと。
そんな風に思い、自分に発破をかけ、
自己主張をして生き残っていこうと突っ走る年月でした。

日本人らしい真面目さと根性でがんばらなくっちゃと、
いつもどこかで思っていました。
自分をいたわることを知らず、身体にムチを打ち、
やがて魔のスパイラルに落ちていきました。

「できないことはできるようにならなくちゃいけない。」
「でも女性は女性らしくいなくちゃいけない。」
「愚痴ったり人に弱みを見せてはいけない。」

些細なことのようで、
そういう生き方は精神だけではなく、
肉体まで蝕んでいったのです。

身体はボロボロ。
会社に通うことだけが全てになってしまって。
唯一のストレスの発散は、当時出会ったロックバンドで
音楽を演奏することだけでした。
そんな心の拠り所さえ、体調不良からやがて
継続が不能になっていったのです。

20年間の香港生活のうち、十数年は自分との戦い。
「勝つか負けるか」
だったように思います。
そしてその根底には、日本の実家には帰れない、
という思いや、「都落ちはしたくない」という
頑なな思い込みもあったなあと。
今振り返ると、そんな風にも思えます。

そんな私の生き方が、ヨガによって変わったのです。
厳密に言うと、そのような刹那的な生き方を
していた自分の元に
妊娠という思いがけないチャンスが訪れて、
生命の尊さを身をもって教わることができたのです。
ところがそれが死産という、とてつもない
悲しみによって終わってしまい、
心も体も、以前にも増して落ちていきました。

「ヨガなんて、ただのエクササイズでしょ。
体は硬いし。運動苦手だし。」

と思ってはいたものの、偏頭痛に喘息に。
背中や肩の激痛など、医者に頼っているだけでは
改善できない体の不具合も多く。
ほとほと弱り果て、完全に鬱状態に陥っていた私は、
そこまで落ちて初めて周囲の人たちの「声」を
素直に聞きはじめたのです。
勇気を振り絞ってヨガスタジオを訪れたのが、
2007年の8月。
40歳になる誕生日を20日先に控えた、
30代もギリギリ最後の時でした。

その後、今現在まで続くヨガのグル達との
すばらしい出会いや導きがあって、
私の頑ななこだわりや思い込みは、
片っ端から手放さていきました。

まるで重い鎧を脱ぎ捨てて、
裸になっていくような感覚でした。

この続きは、また明日以降にお伝えしようと思います。
最後までおつきあいくださってありがとうございました♪

Namaste🙏